私は心理士としてのキャリアを、児童相談所での勤務からスタートしました。子どもたちやその家族と向き合う日々は、試行錯誤の連続でした。しかしある日、心理士の先輩から誘われた緩和ケアのコミュニケーション講義が、私の人生を大きく変えるきっかけとなりました。そこでがん医療という新しい分野に触れた私は、がん患者さんやそのご家族が抱える複雑な感情や課題に心を動かされました。
当時、がん医療の現場に心理士がいるのは珍しく、大きな病院に私1人という環境でした。医師や看護師からも「心理士って何をする人?」と聞かれることもあり、心理士の役割がまだ認知されていない状況だったのです。そんな中で患者さん一人ひとりと向き合い、時には無力感を感じながらも、私自身が成長していく経験を積むことができました。
ある日、乳がん患者さんとの出会いがありました。その方は二回りほど年上の女性で、医師の勧めで私とお話しすることになりました。別室で向き合ったその方は、数年前に乳がんを罹患し、治療の副作用や一緒に治療を受けていた仲間を亡くした悲しみなど、胸の内を静かに語ってくれました。
当時の私は、患者さんのお話を傾聴することしかできず、「もっと何かできるのではないか」と無力感に悩んでいました。しかしその患者さんは最後にこう言ったのです。「人に話すって大事ですね。他の患者さんの前では、暗い顔ばかりもしていられないから。でも、こうして話してみると自分の気持ちが整理されていきました。今度の診察で、主治医に自分のつらさをちゃんと伝えたい。そのために、しんどいことをメモしてみます。」
その言葉は、私に心理士の役割を再認識させてくれました。患者さんが医師や看護師との信頼関係を築き、自分自身の治療に積極的に関わるためのサポートをすること。それこそが心理士としてできる重要な仕事だと気づかされたのです。
あの日から、患者さんの思いを受け止め、不安を軽減し、医療者との円滑なコミュニケーションを支える方法について学びを深めました。この乳がん患者さんとの出会いは、私の心理士人生の中で大切な原点となっています。
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